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東京地方裁判所 昭和44年(行ク)41号 決定 1969年7月22日

申立人

東京工業大学職員組合

代表者

道家達将

訴訟代理人

尾山宏

外二名

被申立人

東京工業大学長事務取扱

加藤六美

指定代理人

横山茂晴

外五名

主文

1  本件申立てを却下する。

2  申立費用は申立人の負担とする。

理由

一申立ての趣旨および申立理由の要旨

別紙一 記載のとおり

二被申立人の意見

別紙二の(一)、(二)記載のとおり

三当裁判所の判断

(一)  <証拠>をあわせると、申立理由の要旨一の事実を一応認めることができる。

(二)  <証拠>をあわせると、被申立人は東京工業大学の学生寮問題をきつかけとして生じた紛争のため大学構内の秩序が乱れたので、その収拾を意図し、昭和四四年七月一〇日、「同日より当分の間、大学の許可する者を除き、大学構内への立入りを禁止する」旨構内および構外各所に掲示をしたこと、右掲示後大学当局の検問により、申立人組合の役員、組合員、書記等も、大学当局の許可がない限り、大学構内に立ち入れないことが一応認められる。

(三)  そこで、本訴(昭和年(行ウ)第一四三号)の適否の問題はしばらくおき、行政事件訴訟法第二五条第二項所定の緊急の必要性の有無について検討する。<証拠>をあわせると、申立人組合は、従前より、東京工業大学当局より同大学本館地階の二単位(約六坪)を組合事務所として使用することを許され、右事務所を組合活動の本拠として使用してきたこと、しかるに、本件立入禁止措置のため前記のように申立人組合の役員、組合員、組合職員等も被申立人の許可を受けない限り、大学構内、したがつて右組合事務所に入れないようになつたため、組合活動に種々支障を生じていることが一応認められる。しかしながら、<証拠>をあわせると、本件立入禁止措置後も組合員等の大学構内立入りが全く認められていなかつたわけではなく、組合の緊急必要な用務を行うための立入りは大学当局も許可していたこと、とくに、七月一八日以降は左記のような取扱いになつており、入構制限は大幅に緩和の方向にあることが一応認められる。

1  全教職員に入構許可証を交付し、教職員は入門に当つて許可証を提示して入構する。

2  入構時間は特に学長事務取扱から認められた以外は七月一八日(金)午前九時より午後四時まで 七月一九日(土)午前九時より正午まで 七月二一日(月)以降は、午前九時より午後四時まで

3  以上の時間後でも特別の事情のある者は居残りを認める。

4  職員組合の書記については、教職員に準じて許可証を交付し、入構時間も同様とする。

5  入構を認められた時間内における組合活動は妨げない。

6  許可証所持者以外の者はその都度特別許可証の交付を受けて入構する。

そうであるとすれば、立入禁止措置がとられてからいまだ日が浅い現段階では、本件立入禁止措置により「回復困難な損害」が生じ、これを避けるためその効力の停止を求める緊急の必要があることについての疎明がないといわざるをえない。

(四)  よつて、本件申立てを却下することとし、申立費用の負担は民事訴訟法第八九条にしたがい、主文のとおり決定する。(沖野威 小笠原昭夫 石井健吾)

(別紙)一

申立の趣旨

被申立人が、昭和四四年七月一〇日、申立人組合に対してなした「当分の間、申立人組合執行委員および書記の組合事務所使用のための東京工業大学構内への入構を許可なき限り禁止する」旨の処分の効力はこれを停止する。

申立の理由

一 申立人組合は、東京工業大学に勤務する教職員をもつて構成されており、国家公務員法第一〇八条の三により人事院に登録され、同法第一〇八条の四に定める法人となる旨の申出を受理された職員団体である。

東京工業大学は、国立学校設置法第一条・第三条により設置された国立大学で、被申立人は同大学の学長事務取扱である。

二 被申立人は、昭和四四年七月一〇日、申立の趣旨記載の処分をした。

三 しかしながら、本件処分は、左の理由により違法である。

(一) そもそも、本件処分をなす権限は現行法上学長に賦与されていない。すなわち、本件処分は、単なる大学の施設設備の保全の措置ではなく、また「校務」の処理あるいは「所属職員の統督」の措置でもなく、学長が指名する一部の教職員を除き、すべての教職員、大学院生、学生等を学外に排除し、その入構を一般的に禁止し、その入構を被申立人の許可にかからしめる措置の一環としてなされたものであつて、大学の教育・研究等の機能を全面的に停止する処分としての実質を有するものであるが、このような権限は、現行法上学長に賦与されていないことはきわめて明白である。

(二) 少なくとも、本件処分は、学長の裁量権の甚だしい踰越ないし乱用であつて、違法たるをまぬがれない。

本件処分は大学紛争の収拾ないし大学の秩序回復を理由としてなされたものであつたとしても、本件処分当時、大学の教育・研究機能を全面的にしかも無期限に停止するような措置を必要で合理的なものとする事態は全く存在しなかつた。

かりに、大学当局が、紛争の収拾ないし大学の秩序回復のため、何らかの措置を必要としていたとしても、本件処分は必要で合理的と考えられる範囲を遙かに超えた過大な措置であり、学生・院生・教員等の教育・研究の権利・教職員の就労の権利・職員団体関係者の組合活動の権利・生協関係者の営業の権利等に重大な侵害を加える処分である。被申立人がこのような重大な効果を伴う措置を行うに当つては、憲法二三条の学問の自由・大学の自治の保障の趣旨および大学が教育・研究の場であることを慎重に考慮し、教授会・評議会の審議にかけ、大多数の教員の納得をうる等の努力をつくすべきであるのに、本件処分については全く教授会の審議に付していないのである。

(三) しかも、申立人組合は、従来、大学紛争の直接の当事者ではなく、両当事者に対し、話し合いによる解決をよびかけていたにとどまり、また大学運営に支障を与えるような行動を行つていないのであるから、その役員・書記等を組合運営の本拠である組合事務所から学外に退却させ、その入構を無期限に禁止すべき必要性は全く存在しない。したがつて、本件処分は、これを適法とする余地は全くないといわなければならない。

のみならず、申立人組合にとつて、東京工大のキャンパスはその組合活動の場であり、組合事務所はその根拠にほかならないのであるから、それへの立入りと使用を禁止することになる本件処分は憲法第二八条の保障する団結権を侵害し、国家公務員法第一〇八条の七に牴触するものでる。

四 効力停止の必要性・緊急性は次のとおりである。

(一) 申立人組合は、昭和二〇年一二月の結成以来、大学当局の諒解を得て、大岡山キャンパス内本館地階の二単位(約六坪)を組合事務所として使用し、今日に至つている。

申立人組合は、右事務所において、執行委員会、斗争委員会、委員会等の会議を開催し、組合財産の管理、組合員および役員名簿の保管・組合経理等組合運営全般を処理してきた。また、申立人組合は、労働金庫の委託により、組合員等の同金庫の預金の出入れ、貸付の業務を行つており、その業務は毎日かなりの件数にのぼつている。

(二) 本件処分によつて、組合事務所への立入・使用が一切禁止されているため、右の組合運営および労働金庫関係の業務は一切ストップしており、このため組合員全員が、一種の恐慌状態におち入つている。申立人組合は、従来専従職員が学内の研究室・事務室等を訪問することによつて、組合員との連絡を行つていたが、本件処分によつて、こうした連絡方法もできないため、連日、電報・郵送等の多数の書類を発発送しなければならなくなつており、このため役員、事務員は連日忙殺されている。また、従来毎日のように組合員から勤務条件についての苦情が組合事務所に寄せられ、専従役員がこれに適宜指示・説明を与え、あるいは当局と交渉して解決を図つていたが、こうしたことも現状では完全に停止している。

このような状況が、今後も継続するなら申立人組合の組合運営および団結は重大な脅威にさらされることになる。

五 よつて、本件停止申立てに及んだ。

(別紙)二の一

意見書

意見の趣旨

本件申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

との裁判を求める。

理由

第一、経緯

一、本件立入禁止措置にいたるまでの経緯

(一) 東京工業大学においては、昭和四三年五月二日火災によつて焼失した大学本部構内にある学生寮(向嶽寮)の再建及び寮運営問題に関して大学当局と一部学生の間に紛争を生じ、これに端を発して紛争が全学化、次第に拡大して一部学生によつて

1 昭和四四年一月二六日講堂及び本館第二会議室を

2 同年二月八日本館第一、第三各会議室が

3 同月九日教務部長室が

4 同月一〇日蔵前記念館(体育教官室)理学部長室、工学部長室がそれぞれ占拠され、ついでその頃発足した全学斗争委員会に属する学生が同月一九日正門、南門、西門にバリケードを築いてこれを封鎖し、検問を実施して講師以上の教授会メンバーの入構を阻止するに至つた。そして同月二七日には第三新館四階人文資料室、三月二二日には第三新館厚生課事務室をも占拠された。

右全斗委に属する学生による教授会メンバーの入構の阻止は四月中旬頃迄厳重に続けられたが、下旬に入つて何時とはなしに中止するに至つた。

(二) 右のような状態で大学は事実上休校の如き様相を呈していたのであるが、学年末、卒業試験は従来と異なりレポート提出等の方法により行なわれ、又入学試験は都内予備校六ケ所を借り上げて実施する等極めて変則的な形で行なわれた。一方、新入生に対する講義は四月二一日から五月二日迄九日間の予定でもつて田町校舎で始められたが、全共斗委に属する学生らによつて妨害され、二二日でもつて中止を余儀なくさせられ、その後は担当教授の自宅等を始め本学研究室等ではなはだ不十分な形で教育活動が行なわれたのである。

(三) そのうち全斗委の方針に反対する学生によつて、ストライキを解除し授業を再開しようとする動きが強まり五月八日正門バリケード、講堂バリケードを撤去し学生大会を開こうとしたところから、これを妨害しようと角材を持つた全斗委の学生と他大学の学生(中核派)が押しかけ暴行を加え、このため一般学生三〇数名が負傷するという不祥事態が発生した。そして全斗委の学生等は教室から新しい机を持ち出し正門に再びバリケードを築いて封鎖し、検問を実施して教授会メンバーの入構を阻止し始め、この検問は約二週間程続けられた。

(四) 一方、授業再開への努力を続けていた新波学長は、右五月八日の事件によつて授業再開の期待が薄れ、かつ多数の負傷者を出したところからその責任を痛感して五月二七日辞任し、同日をもつて加藤六美が学長事務取扱に任命された。

加藤六美は翌二八日全学教授会において学長事務取扱就任にあたつて紛争解決についての四原則を被申請人の方針として明らかにした。そのうち学内暴力行為に対する法的追及に対する考え方は「大学内の暴力については学園からこれを排除するため断固たる決意をもつて、法的に追及することを明言する。紛争解決の手段としての警察力の導入はさける方針である。しかし、つぎのような場合には、警察力の導入もやむを得ない。

(1)内ゲバなどにより生命、身体に危険が生じると判断されるとき。(2)研究室、事務室などの封鎖、占拠、破壊によつて大学の機能が阻害されると判断されるとき。(3)学外者の侵入によつて拠点校化のおそれのあるとき。」というものである(疎甲第一〇号証。)

加藤六美は学長事務取扱就任後、就任の際示された四原則に基づいて本学の紛争解決に努力して来たのであるが、授業再開については評議会、全学教授会等に諮り六月二〇日に七月中旬頃から正規授業を開始する方針を決定し、全学教授会に協力を求めた。ところが右方針を知つた全斗委に属する学生らは、右授業の再開はストライキをなしくずしにするものであり、到底認め難いとしてこれに反対し、授業再開を阻止するため六月二七日の夜南門にバリケードを再築し翌二八日朝から再び検問を開始して教授会メンバーの入構を阻止するに至つたのである。

二、本件立入禁止措置の実施

(一) 右のような経過で東工大では校舎の一部を全斗委によつて占拠され、かつ、これらの学生によつて教官の大学構内に立入ることが妨害阻止され大学としての機能が阻害されるに至つたことと、他校学生によつて本学校舎が拠点校化されるおそれがあるとの情報があつたため、被申請人が就任にあたつてなした声明中の警察力導入の条件が具備されるに至つたと認められた。しかして、本学では、かねて全斗委に属する学生の妨害によつて中断されていた大岡山校舎における授業をおそくとも七月中に再開することが、今後の教育計画上極めて必要であると考えられたところから、七月一〇日早朝を期して警察力を導入し、一部学生による校舎の占拠を解き、各門の封鎖を解除しようとした。ところが、学生らは事前にこの動きを察知したためか前夜に立退いたため、特段の抵抗もなく、占拠ならびに封鎖を解くことが出来たのである。しかし、大学当局は、一部学生が再度の占拠と封鎖の挙に出るのを防止し、警察官が全斗委に属する学生らにより占拠破壊された教室等の現場の検証の円滑な遂行をはかるため、とりあえず、特に被申請人が、警察力導入後の緊急の処置の為必要と認める特定の教官等特に要請した者を除き、その余の教職員を含めたすべての者に対して大岡山校舎構内への立入りは認めないとの方針を定め、これを拡声器をもつて放送し、あるいは立札を学内各所に立てて周知せしめる方法をとつたのである。

(二) もつとも、大学側としては、長期間にわたつて、教職員等の立入りを禁止する意図で右の措置をとつたのではない。大学当局としては、前述したように七月中旬の授業再開を企図していたのであるが、警察力の導入によつてかろうじて一部学生による校舎の占拠と校門の封鎖を解除し得たものの、直ちに学内が平静に帰し、大学側が学内の管理権限を支障なく行使できるようになつたかどうかについて不安もあり、かたがた早急に一部学生によつて破壊された教室、講堂等の状況を調査し、復旧する必要があるのでその作業を急速かつ円滑に実施するため、また、警察力の導入は、本学としては初めての事態であつたところ、これに強硬に反対していた者を含む全教職員に大学構内への自由な立入りを一時に認めることは妥当ではないので、とりあえず前記のように特定の教官以外の者の立入りを認めないこととし、順次立入りを認める者の範囲を拡大しつつ授業再開のための準備をすることを意図したのである。

(三) このことは、七月一四日付東京工大クロニクル(疎甲第一六号証)に明らかにされているところであつて、事実教授、助教授については七月一一日からその全員につき、助手については七月一四日からその半数につき、ついで一六日からその全員につきそれぞれ立入りを認め(原則として午前九時より午後零時まで)、一方、事務官、技官については七月一一日、一二日までの間にその約六割に当る三九〇名について立入りを認められており、同月一七日には全教職員について特別の要請のないかぎり、半日(午前九時より午後零時まで)の立入りを認めたのみならず労働金庫に対する返済等のため組合事務室に赴く必要のある教職員と組合書記については特に午後四時まで立入りを認めているところである。同月一八日には、全教職員について特別の要請のないかぎり年前九時より午後四時までの立入りを認めることとなつている。しかも、これらの立入りの許可に当つては当該職員等が組合員であるか否かによつて全く差別していない。このようにして特段の事情が生じない限り、近々のうちに全教職員の立入りは自由に認められるに至るはずである。

なお、組合事務室の利用や組合活動に関しては被申請人としても出来うる限りその便宜を図るようにしているのであつて、現に七月一一日午後三時頃副委員長が組合事務室から組合員名簿搬出のため、同一二日午後二時頃書記外一名が組合事務室から騰写版等搬出のため、同一四日は書記が構内における組合事務連絡の用務のため午前一〇時五〇分から午後零時までの間、同一五日午後四時頃書記長が組合事務室から共済組合員証、カッター等搬出のため、それぞれ立入り許可を求めてきたので、いずれもこれを認めているところである。

(四) ところで申請人は、七月一〇日、被申請人が申請人に対し、大学構内への立入り禁止についてその主張のような処分したというが、この間の事情は次のとおりである。すなわち、当日大学側では前記のように校内立入りを認めないという措置をとつた結果当時すでに大学構内に入つていた者に対して構外へ立去るように求めるため職員が九時四〇分頃構内を見廻つて、組合事務室に至つたところ組合役員である助手本間博文外三名が残つていたので、立入り許可を得ていない本間ら二名に対して退去を求めた。ところが、同人等はその旨の文書の交付を受ければ退去する旨を述べたので職員は疎甲第五号のとおりの退去通知と題する文書を作成交付したところ、約四〇分後に右本間らは構外に退去したものである。

なお、午前一〇時五五分頃職員が組合事務室に赴いたところ、同室扉には組合員により施錠部分に封印がなされていた。

第二、本案について理由がない。

一、申請組合に対する処分は存しない。

申請組合は、被申請人が昭和四四年七月一〇日同組合に対して同日午前一一時限り東京工業大学の構外に退去し、同時刻以降無期限に立入を禁止する旨の処分をしたと主張される。しかしながら、被申請人はかゝる処分をしていない。もつとも、被申請人は、同日申請組合に対してその主張の如き「退去通知」を手交したことはあるが、これは、前述したとおり東京工業大学では、同日は大学が要請した者以外の入構を禁止する旨の措置をとつたにもかかわらず、申請組合の役員らが、組合事務室に居残り大学構内から退去しないので、係官より口頭で退去を求めたところ、文書による通知を求められたので、要求に応じて前記入構禁止の措置がとられていることを通知する文書を交付したにすぎないのであつて、これにより申請組合に対して入構禁止あるいは退去を命ずる処分をしたものではない。

二、被申請人がとつた入構禁止の措置は、抗告訴訟の対象となる行政処分その他の公権力の行使に当たる行為ではない。

被申請人がとつた入構禁止の措置は、前述の如き、経緯によりなされたものであるが、それは、庁舎管理権の行使である。すなわち、国有財産法五条によれば各省各庁の長は、その所管に属する行政財産を管理するものとされ、同法九条一項は、右管理の事務の一部を部局の長に委任することができるものとしている。そして、右委任の規定を受けて文部省所管国有財産取扱規程(文部省訓令昭和三二年七月一日)四条は、部局長は当該部局に所属する国有財産に関する事務を分掌するものとし、国立学校設置法に規定する国立学校の長は、この部局長に該る(取扱規程二条二項、三項)右取扱規程により東京工業大学長事務取扱は、同大学の国有財産の管理権限を有する。さらにまた、学校教育法五八条三項は、「学長は、校務を掌り、所属職員を統督する。」と規定する。この規定に基づき、学長は、申請組合も認められるように大学の施設設備の物的管理権限を有しているのである。これによつて、大学の学長は、校務を所掌するものとして、国有財産たる大学の施設設備を管理する権限を有するものである。

本件大学構内への立入禁止の措置は、右に述べたように学長の管理権に基づくものであつて、国が国の財産を、その定めた方法によつて管理するにすぎず、特定の人に対する処分たる性質をもともともたないものである。したがつて、この管理権限の行使について学長事務取扱が国に対する行政責任を問われることはありうるとしても、職員その他の関係で適法、違法の問題の生ずる余地がありえないことは、理論上明白なところであるといえよう。

申請組合は、本件入構禁止の措置は、大学の教育、研究等の機能を全面的に停止する処分としての実質を有するものであると主張される。

三、本件入構禁止の措置には何ら違法の瑕疵はない。

仮りに本件入構禁止の措置が抗告訴訟の対象となる行政処分であるとしても、申請組合の主張される如き瑕疵はない。

前述の如く、被申請人は、国有財産法五条および学校教育法五八条三項により認められた大学の施設管理権に基づいてなしたものである。仮りに大学の自治の見地よりかゝる校務の運営についての大学の意思決定およびその執行については一切学長にその権限があると解すべきではなく、学部固有の重要事項については学部教授会、全学的な事項については最終的に評議会の決定により大学の意思が決定され、学長は、この決定を執行しなければならないと解すべきものとしても、本件入構禁止の措置は、次に述べる如く、評議会の決定に基づいてなされたのである。

すなわち、七月九日に開催された評議会において、本学大岡山構内への機動隊の導入(その時期は、学長に一任する。)と教職員、学生等の構内への立入禁止の措置をとることを決定しているのであつて、被申請人は、右決定に基づいて本件措置をとつたのである。

申請組合は、本件措置は、大学の教育、研究等の機能を全面的に停止する処分としての実質を有するのであつて、かゝる権限は、現行法上学長に賦与されていないと主張される。しかしながら、本件措置は、右に述べた如き必要性から、単に大学の構内への立入りを禁止したにすぎないものであつて、これにより教育、研究に多少の支障を生ずることがあるとしても、これをもつて大学の教育、研究等の機能を停止する処分であるということはできない。しかも、これは、申請組合とはなんら関係のない事柄である。

仮りに本件措置が教育、研究を停止する処分としての実質を有するとしても現行法のもとにおいても、学長は、校務を所掌するものとして当然かゝる処分をなす権限を有するといいうるのである。本件入構禁止の措置は、前述したとおり、大学本来の教育、研究活動の確保のために紛争の収拾および大学の秩序回復の必要にせまられ、やむなくとられたものであり、しかも東京工業大学において永年にわたつてきずきあげられた大学の自治の原則に則とり、評議会の決定に基づいてなされたものであつて、何らの瑕疵もない。

申請組合は、本案訴訟の訴状において、組合事務室への立入と使用を無期限に禁止する本件措置は、憲法二八条、国公法一〇八条の七に抵触すると主張される。本件措置により、大学構内への立入りが禁止された結果、その間構内にある組合事務室への立入りおよび使用が制約を受けることとなつたことについては被申請人もこれを争わない。しかし、前述したとおり、本件措置は、前述の如き必要からやむなくなされたものであつて、組合役員らの組合事務室への立入りおよび使用を妨げることを意図してなされたものでないことは、いうまでもない。

しこうして申請組合の事務室は、学長の庁舎管理権の作用としてその使用を許されているものであつて、これは、国有財産法一八条の規定によつて、私法上または、公法上の使用権を設定する趣旨のもとにその使用を許されたわけではなく、たゞ、事実上その使用を認められたにすぎないのである。その使用は、全く庁舎管理権の中に埋没し、管理権者に対して独自の使用権あるいは占有権等を主張しうる性質のものではないのである。その関係はあくまで公法関係であるが、これを私法関係にたとえるならば、占有者と占有機関との関係にも類するのであつて、申請組合は、占有機関と同様に被申請人の指示に常に従うべく、これを拒否して独自の権利を主張しうるものではないのである。

したがつて、被申請人が前述の如き必要性から入構禁止の措置をとつた結果、申請組合の事務所への立入りおよび使用を妨げられたとしても、申請組合は、権利、利益を侵害されたといいえないのである。

四、本件措置は権限の乱用ではない。

申請人は本件処分は必要で合理的と考えられる範囲を遙かに超えた過大な措置であつて、学長の裁量権の甚だしい踰越ないしは権限の乱用であると主張される。

なるほど、教職員の大部分の大学構内立入りを禁止するのは極めて異例の措置であろう。しかし、前述したように本件の措置は、一部の過激学生による校舎の占拠と学園の封鎖を伴う深刻な紛争の過程において、数ケ月来中絶されていた授業を再開し、大学の正常な運営を回復するという極めて重要な目的を達成するために警察力の導入という非常手段まで講じた後の措置であつて被害を受けた教室等の諸施設を整備し学内の秩序を回復して早急に授業再開に至るためには止むを得ないところである。かつ、この措置は順次緩和することを当初から予定されており、すでに祥述したように数日を経ずして教職員の立入りも大巾に拡げられているのであるから、申請人の主張するような非難は当らないというべきである。

第三、執行停止の必要性、緊急性はない。

申請人は本件措置によつて組合業務は完全に停止しているかのように主張している。被申請人としては、組合事務室を直接閉鎖しているわけではなく、教職員等の入構を制限しているため、教職員である組合役員や、書記等が事実上組合事務室を使用することが妨げられたのであるが、現在では、すでに人数及び時間の点で全く平常どおりではないにもせよ組合役員または組合員たる教職員ないしは組合書記もある程度入構しており、組合事務室も緊急の用務のための使用も認められている状態であるから、すでに述べたような本件措置の趣旨にかんがみれば、執行停止の必要性、緊急性は存しないものというべきである。

(別紙)二の二

意見書(追加)

(教職員の大学構内への立入りについて)

構内立入りの制限が次第に緩和されていることはすでに述べたところであるが、一九日(土)には全教職員(組合書記を含む)の正午までの入構を認め、午后も特別な要務があると認められる場合には多少の居残りも認める予定である。また、二一日(月)以降は全教職員について午后四時までの入構を認める予定である。

(意見書の訂正について)

(別紙)二の(一)意見書五丁目裏最後から二行目に「現に七月一一日午後三時頃……」とあるは「七月一〇日午後三時頃」と訂正する。

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